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【チェ・ゲバラ】の要約まとめ [本/歴史地政]






チェ・ゲバラ - 旅、キューバ革命、ボリビア (中公新書)

チェ・ゲバラ - 旅、キューバ革命、ボリビア (中公新書)

  • 作者: 伊高 浩昭
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 新書


【チェ・ゲバラ/伊高浩昭/15年7月初版】
ジョンレノン曰く、「当時世界で一番カッコイイ男だった」

反米主義の象徴となり、たまにTシャツ着てる人も見かけます。
べつに共産主義や社会主義者じゃなくても、ロックなアイコンになってしまった。

世界中でロックアイコンになってしまったチェ・ゲバラの写真は、いつ撮られたのか。

本書によると以下。

『CIAの破壊工作が激化した60年3月4日、ハバナ港で大惨事が発生した。
81人が死亡、200人が負傷した。証拠はないが、CIAの犯行を疑う余地はなかった。
チェは爆発音を聞き現場に急行、(医師でもあるので)負傷者に応急手当てをした。
翌日合同葬儀が挙行された。

葬儀に参列したチェは、米国との対決を覚悟するかのように決然たる表情で、
眼差しを遠い彼方に向けた。写真家アルベルト・コルダ(1928~2001)は、
その瞬間を逃さなかった。
この写真によって、若く凛々しい31歳のチェは永遠の革命家になった。
1枚の写真が、1人の人物をこれほど印象深く捉えるのは稀だろう。

カストロが「社会主義革命」を宣言した61年4月16日、
この写真は初めて「レボルシオン」紙に掲載される。
コルダはこの1枚で「チェ・ゲバラ」という神話をつくり、自らも永遠の写真家となった』

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かなりイケメン。外見だけでなく中身も凄い。

『1928年、アルゼンチンの裕福な家に生まれた革命家チェ・ゲバラ。
医学生時代にラテンアメリカを旅し、貧富の格差や米国支配の問題に目覚める。
カストロ兄弟と共にゲリラ戦で活躍し、59年のキューバ革命政権樹立に貢献。
要職を歴任するものの、思いは全ラテンアメリカでの革命推進にあった。
再び戦地に赴くチェ。だが前哨戦のコンゴ、続くボリビアで過酷な現実に直面し…。
彼の遺した膨大な文章と関係者への取材から実像に迫る』

ラ米に精通した元共同通信の著者が、2010年に中央公論から執筆を打診され、
丸5年資料を読み、自らの取材へ考察を加え、チェの生涯を再現した一冊です。
淡々と事実が連なる伝記。新書で読みやすいので、チェに興味がある人にはお勧めです。
せめてTシャツ着てる人は、読んでおくべきかと。

(目次)
1章:目覚めへの旅

2章:運命の出会い

3章:キューバ革命戦争

4章:革命政権の試行錯誤

5章:ヒロン浜の勝利

6章:ミサイル危機と経済停滞

7章:「出キューバ」へ

8章:コンゴ遠征

9章:ボリビア


なんか展開的には、司馬さんの「義経」読んでるような気分になります。
以下に読書メモを。

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<別れの手紙は改ざんされた>
フィデル・カストロは、テレビの全国放送で「別れの手紙」を読み上げた。
チェがキューバを発つ前に書いた手紙。

チェは手紙の末尾を次のように記していた。
「私は勝利するまではキューバに戻らない。だがいつも私の心には、
''祖国か死か、勝利するのだ'' の標語がある」

これが「勝利するまで、必ず」と縮められていた。

疑問に思った著者は、チェの娘アレイダ・ゲバラ医師にインタビューした。
あ、あれね。あれはフィデルが書き変えたのよ
娘は母親からその話を聴いていた。

フィデルは「勝利するまで帰らない」という手紙末尾の文言を消して、
チェが万一勝利しても帰れないようにした。
チェは苦悩した。自分が帰ってほしくない厄介者になってるのを悟って。



<サルトルとチェ>
サルトルはチェを、「今世紀でもっとも完璧な人間」と評した。
また著書には、「ゲバラ司令官は大変な文化人で、彼の言葉1つ1つの背後に、
黄金の蓄えがあるのを察知するのに時間はいらない」記した。

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<少年時代のチェ・ゲバラ>
一家がアルタグラシアで住んだ家は現在、エルネスト・チェ・ゲバラ博物館になっている。
書棚には、小学生時代に愛読したエミリオ・サルガリ(イタリアの作家)や、
ジューヌ・ヴェルヌ(フランスの作家)の本が並ぶ。

小学校高学年になると父母の蔵書の多くを読み、父に、
「12歳にして18歳くらいの教養がある」と言わしめた。

服装には無頓着で、貧しい身なりをし、野球帽をかぶっていた。
アルタグラシアには中等学校(大学予科)がなく、
チェは1942年にコルドバ市の国立中等学校に入学する。

チェは同級生の兄で6歳上のアルベルト・グラナード(1922~2011)と親友になる。
国立コルドバ大学卒の理学修士で、専門はハンセン病だった。
後年2人で南米大旅行をする。

チェはコルドバ時代に友人の手引きで家事手伝いの女性と関係し、童貞を捨てた。
当時の上流階級の息子はしばしば、このような形で性の洗礼を受けていた。

チェの読書の幅は広がり、ボードレール、マラルメ、ヴェルレーヌ、デュマ、
ゾラなどのフランスの詩人や作家をフランス語で、
米国の作家フォークナーやスタインベックはスペイン語訳で読んだ。
スペインの詩人フェデリコ・ガルシアやチリの詩人パブロ・ネルーダを愛誦した。

チェの兄弟は3男2女。父は1947年にマテ草農場を手放した。
ゲバラ家は有産層とは見なされなくなった。
夫妻は翌年、夫の浮気性や経済面での苦境が原因で離婚する。
だが2人はその後も家庭内別居の形で、長らく同じ家に住んだ。

チェは46年に中等学校を卒業、コルドバ大学工学部に願書を出したが考え直し、
翌年国立ブエノスアイレス大学医学部に入学する。
乳がんの手術を受けた母や、脳こうそくで病床にいた祖母、自身の持病ぜんそくから医師を志した。

チェが大学の図書館で、1日10時間も読書に没頭することは珍しくなかった。
イブセン(ノルウェーの劇作家)、パスカル(フランスの哲学者)、サルトル、ネルー(インド首相)と、
対象は広がっていた。

チェスやラグビーにも興じていた。心臓発作を招くと医師から忠告されてもラグビーをやめず、
いつも友人が吸入器を手に待機していた。

服装には大学生になっても無頓着で、シャツを週1回しか着替えず、
左右の靴や靴下が異なっても、気にせず履いていた。



<広島を訪問したチェ語録>
広島から妻アレイダに絵葉書を送った。
「広島のような地を訪れると、平和のために断固闘わなければならないと思う」

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「工業の再建には目を見張るものがある。だが民族的誇りが失われていると感じた」
「この恐るべき現実を見たからには、広島と広島の人々を一層愛したいと思った」
「日本人は、米国にこんな残虐な目に遭わされて怒らないのか」
「なぜ日本は米国に対して原爆投下の責任を問わないのか」



<運命の演説>
チェはモスクワ批判の演説を、65年2月24日に行う。
ブレジネフは激怒し、チェをなんとせよとカストロに迫る。

演説の概要は(詳細は本書で)、社会主義諸国の中でも先進国が後進国を搾取している。
西側搾取諸国との共犯者であると。

チェは3月初めエジプトのナセル大統領に、コンゴ行きを打ち明けた。
ナセルは、「行くべきでない。成功しない」と諭した。
チェは「人生の転換点は誰にとっても死に直面する時だ。死に向き合う者は、
成功しようとしまいと英雄だ。世界革命のために戦い、死に直面する場所を見つけたい」



<コンゴでの部下への訓示>
「犠牲を覚悟せよ。地元のゲリラより先に食事をしてはならない。優位性を示してはならず、
謙虚であれ。四半世紀遅れた国であることに留意せよ。現地女性と交渉をもった者は、
その女性に責任を負い、ゲリラから外される」



<チェの最期>
67年10月8日ボリビアのラ・イゲーラ村近くで、狙撃され捕獲、ラ・イゲーラ村に連行された。
チェは国際世論の圧力で、解放されると期待していたかもしれない。
だがラパスの軍政は「チェは戦闘中に死んだ」と偽りの情報を流した。
裁判抜きの処刑は、殺害であり暗殺である。

10月9日午後1時10分、25歳の軍曹マリオ・テラーンは、
チェの腰から下に銃口を向け目を閉じ、最初の連射をかけた。
チェは自らの血の中に崩れ落ちた。

テラーンは勇気を取り戻し、2度目の連射をかけた。
チェの腕、肩、心臓に当たり、チェは絶命した。

2006年1月就任したボリビア初の先住民大統領エボ・モラレス(現大統領)は、
チェを礼賛し、コカの葉で飾ったチェの肖像画を政庁内に掲げている。
ラ・イゲーラ村の中心部にはチェの大きな頭部像が設置され、
台座には「あなたの模範は新たな黎明を照らす」の文字が刻まれている。

「チェの聖地」となったラ・イゲーラ村への若者、左翼らの巡礼や、観光客の訪問が絶えない。
2017年10月9日のチェ没後50周年に向けて、チェに当てられる光は強さを増している。

挫折した悲劇の革命家は、処刑され滅びたことにより、
求道者の悲壮な宿命と「見果てぬ夢」の象徴として繰り返しよみがえるのだ。




決して閉じない瞳と壊れない心♪
写真は思い出を閉じ込めることができる♪
破れたジーンズのポケットに持ち運ぶこともできる♪
きみを一人にはさせない 待っててくれ♪


MTVのUKチャート見てたら、今日(11月3日)の2位でした。
エドシーランでフォトグラフ♪本人映像が感動的です。北の国からみたい。
むかしと違って今は、スマホに写真やら映像やら、思い出を持ち歩けますよね。
素晴らしい時代になりました。ちなみにエドは2014年最もスポティファイされた人。





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  • 出版社/メーカー: Atlantic
  • 発売日: 2014/06/25
  • メディア: CD



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コメント 8

獏

お早う御座います☆
獏は思想のレフティーではありませんが
チェ・ゲバラはずっとマイ・ヒーローです☆
彼を人間界に送ってくれた神に感謝です。
by (2015-11-04 07:00) 

heroherosr

チェ・ゲバラって革命家という認識だけで
どんな人か、どんな人生を送ったのかまったく知りませんでした。
日本に来たこともあったのですね。
by heroherosr (2015-11-04 17:56) 

DEBDYLAN

完全にファッションになっちゃってるんですよね、チェの肖像って。
知ってて着てて普通。
知らなかったらカッコ悪いよなぁって思います。

by DEBDYLAN (2015-11-04 23:59) 

don

獏さんこんにちは~
けっこう大変な人生だったと思うのですが。
理想の為に平穏を犠牲にしたというか。
ぼくにはできない。すごい人です。[__犬]
by don (2015-11-05 12:36) 

don

heroherosrさんこんにちは~
ふつうはあんまり知らない人ですよね。
自分の人生にあまり関係ないし[__犬]
by don (2015-11-05 12:38) 

don

DEBDYLAN さんこんにちは~
イケメンだから、知らずに着てる人もいると思いますよ。
おっしゃるようにファッションだと。[__犬]
by don (2015-11-05 12:40) 

みかん

donさん、おはようございます。

今日は、11月なのに梅雨のように蒸し暑い朝です。
30度まで上がるようで・・古傷がズキズキ痛みます^^;

チェ・ゲバラ、イケメンですよね^^
広島にいらしていたんですね! 知らなかった。。。
Tシャツは持っていませんが、読んで知りたい本でございます。


by みかん (2015-11-06 00:00) 

don

みかんさんこんにちは~

こちらも最高気温が24度とか、昨日の天気予報で言ってました。
少し前は寒かったので、気持ちよくてちょうどいいです。

それにしても金曜ぐらいになると、ちょっと疲れてきますね。
今週は祝日があったのですが、それでも疲労はたまります。

あと半日、がんばって仕事します。
たいしたことしてないけど[__犬]
by don (2015-11-06 12:45) 

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