So-net無料ブログ作成

【リンゴの花が咲いたあと/木村秋則】書評と要約 [本/ルポ社会]


リンゴの花が咲いたあと (日経プレミアシリーズ)

リンゴの花が咲いたあと (日経プレミアシリーズ)

  • 作者: 木村 秋則
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2017/12/09
  • メディア: 新書


【リンゴの花が咲いたあと/木村秋則/17年12月初版】


「奇跡のリンゴ」の木村さん。
この人すごいですよね。知らない人がいないぐらい有名になった。
奇跡の実話は、菅野美穂で映画化もされました。

農薬で家族が健康を害したことをきっかけに、78年ごろから無農薬・無肥料栽培を模索。
10年近く収穫ゼロになるなど苦難を味わうが、ついに完全無農薬・無肥料栽培に成功。
現在はリンゴ栽培のかたわら、日本、世界を農業指導や講演で回る日々。

たしかに花は咲いた。だけどガンに侵されたり奥さんが倒れたり。
人生は苦難の連続だそうです。

自然栽培のリンゴが完成しても最初は売れなかった。きっかけはNHKの取材。
1997年に「しのびよる環境ホルモン汚染」という番組が放映された。
放映後、注文の電話が鳴りやまなかったと。

いろんな人と出会いがあります。
オノヨーコが会いに来たり、サッカーの中田英寿がふらっとやって来たり。
ダライラマと会ったり、メルケルと会ったり。メルケルが江沢民に木村さんの話したり。

中田英寿は一緒に酒を飲んだそうです。めちゃくちゃ酒が強かったと。
今はビジネスマンの中田氏。「酒をつくりたい」という目標があった。
添加物のない自然の酒が欲しい。
「岡山ですでに作ってる酒を欧州で売ったらすぐに売れてしまった。もっと作れないか」
日本酒を欧州に本格的に売り込みたいと。木村さんは自然栽培米の話をしたそうです。

リンゴが成ってはじめのころ、「愛知県のトヨタの豊田です」って電話もあった。
奥さんは冗談かと思ったけど、豊田章一朗氏。

そのときの縁もあって、障がい者に対する深い理解と協力を約束。
2016年には豊田市で「自然栽培パーティ第1回全国フォーラム」を開催。
ヤマト運輸も協力。心身に障がいがある人々の「自立」と「社会参加」支援。

自然栽培へ風が吹いています。


以下に読書メモを。


▼広告▼





糸川さんからの連絡


リンゴがまだ小さかったころ、
日本の宇宙開発の父でペンシルロケットで有名な糸川英夫氏から、注文と激励の電話をもらった。
糸川博士からよく言われたのは「君、頭を空にせよ」という言葉。

「既存の考えをみんな捨てなさい。
風が頭を通り抜けるくらい空にしなさい。そうすれば必ず答えはあるよ」
この言葉は忘れられない。




ダイコンは時計回り


自然栽培のダイコン。
ダイコンは根が生えたあと、収穫するまで時計回りに毎日少しずつ回転している。
根毛もねじれているから目でもわかる。ボルトのように回りながら土に入っていく。
だからダイコンを抜くときは逆向きに回しながら引っ張れば簡単に抜ける。
この話を私から聞いて、回る姿をみた農家は感激して無肥料無農薬のダイコンを作りはじめた。
ふつうのダイコンを作ってる人はなぜ気がつかないのか。




自然栽培AKメソッド


2011年私が自然栽培のコメ作りを指導した石川県能登地域、新潟県佐渡市の二地域が、
FAO(国連食糧農業機関)によってGIAHS(世界重要農業遺産システム)に認定された。
肥料、農薬を使わない自然栽培は「自然栽培AK(木村秋則)メソッド」として紹介され、
国連に認められたのは日本初のことだ。
行政とJAが協力していけば、日本は世界にない農業国として生まれ変われる。




ゲーテも同じことを書いた


ドイツにも何回か行った。
フランクフルトのゲーテ博物館館長が、私の講演を聴いて「ほれ込んだ」という。
「あなたの講演を聞きました。感激した。
私は誰にも公開してない「ゲーテの日記」をお見せしたい」という。
日記は印刷したようなきれいな文字で書かれていた。

ゲーテイタリア紀行1787年4月26日シチリア・ジルジェンティにて(ドイツ語省略)。
「彼らの耕作はの順序は、豆(ソラマメ)、小麦、トゥメニア(夏の穀物)で、
4年目は草が生えるままに放任する」

「ここには草をはやしなさい、大豆をまきなさい」と書いてあります。
驚いた。本当なのか。
「そうなんです。あなたが言ってることはゲーテと同じ内容なんです。
あなたの午前中のスピーチと一緒なんです。この本はみなさんに絶対お見せしないんです」

18世紀の人間と私が同じことを言っている。
木村式の自然栽培は、雑草等で土壌を改善した後、大豆、麦、野菜を並行して植え付ける。
ゲーテが見たシチリアの農民は、これを4年のサイクルで栽培している。


▼広告▼





ミラノ国際博覧会での講演


講演が終わると7~8人の若者が集まってきた。
ヘッドホンの通訳を通じて「日本の食は怖い」「日本の残留農薬規制は甘すぎる」と批判された。
サリーを着た女性が通訳してくれる。
「ヨーロッパの基準に比べ、日本の食材を私たちは信用してない」
「日本は肥料と農薬に麻痺した国民だ」
それは野菜の硝酸態窒素の話だった。

硝酸態窒素が体内に入ると、亜硝酸態窒素という有害物質に変わり、
血液中のヘモグロビンの活動を阻害して酸欠を引き起こし死に至ることもある。
発がん性物質の元になったり、糖尿病を誘発するとも言われる。
原因は化学肥料の多投や家畜ふん尿の未熟堆肥の使用が考えられる。

日本では硝酸態窒素への取り組みがにぶい。
ヨーロッパでは3千ppm以上の硝酸態窒素が検出された作物は出荷されない。
日本ではほとんど無視されて、1万ppm以上のものが出荷されてる。

彼らは食の安全の観点から、東京五輪は怖いと。
イタリアのスポーツ選手団にはイタリアの食材を空輸させるという。

わたしは「東京五輪では無肥料無農薬の農産物で選手団を迎えたい」と伝えた。
私を取り囲む人は、20人を超え、国は皆バラバラだった。

私はショックだった。
ミラノで若者で言われたことが頭から離れない。
現地で一緒だった(当時)林農林水産大臣にこのことを話した。

大臣は「えっ」と驚き、すぐに本省に電話してくれた。
私は帰国して農水省の食品安全政策課の課長さんに会い、
「硝酸態窒素の厳しい規制が必要です」と訴えた。

課長さんは言う。
「規制はありますが、ほとんど農協法に依存してます。
わたしも大臣に聴いてはじめて読みました。こういう規制は知りませんでした」
まさに規制はあって無しの状態だった。

日本食に対する世界の関心は高い。
その一方で、日本の食材に対して硝酸態窒素や残留農薬の批判も大きい。

五輪に向けて自然栽培の食を集めよう。
三國清三さんほか一流のシェフたちが食材をリストアップしてくれと言ってきた。
私はHPを活用して自然栽培をやっている生産者に呼びかけるつもりだ。




70近くの施設に広がった「農福連携」


農業と福祉のつながり。ハンディのある人たちが自然栽培を行う。
愛媛大学での講演の後、佐伯さんという人と出会った。
「三つ子の障害児がいるんです」。子どもの将来に不安があるという。

私は「それなら農業をやったらいい。農業ならだれも文句はいわない。
それに手足が不自由でも出来るから、自然栽培で障がい者に活路を見いだそう」
「べてるの家をぜひ見てきてほしい」
彼はすぐに訪問し、障がい者と農業という世界に踏み出した。

いま佐伯さんは全国を歩いて自然栽培を呼びかけている。
ハンディのある人たちと、休耕地を自然栽培に戻して、加工まで手掛けている。
わずか20アールから始めた耕地面積も、今では12ヘクタールに拡大。経営は軌道に乗った。

愛媛大学の講演では、「わたし、塩崎といいます」と声をかけてきた人がいた。
元官房長官、後厚生労働大臣。

講演が終わったばかりの教室で、
「あなたはこれからのこと、どうお考えですか」と質問し、延々と2時間以上話し合った。

塩崎さんは厚労大臣(当時)になると、直接電話をかけてくる。
あれやこれやで数度お会いし、厚労省と農水省の「農福連携」の後押しを頂くようになる。

塩崎さんのバックアップは、「農福連携」の大きな推進力になった。





農家の戦いを♪
見せてやるぜ♪

オーリアンズで、スイート・ジョアンナ♪
西のドゥービー、東のオーリアンズ。高校のときLP買って。好きだったバンドです。




残念ながら木村さんのリンゴは、手に入らないようです。
収量が限られてるので、既存顧客名簿のみの販売。一度食べてみたいです。




(関連記事)
【宇宙人UFO軍事機密のレベルMAX/高野誠鮮ほか/17年9月初版】
http://donhenley.blog.so-net.ne.jp/2018-01-09

【亡国の農協改革/三橋貴明/15年9月初版】
http://donhenley.blog.so-net.ne.jp/2015-10-13

【ローマ法王に米を食べさせた男/高野誠鮮/12年4月初版】
http://donhenley.blog.so-net.ne.jp/2015-07-14

【日本人はもう55歳まで生きられない/石原結實/16年4月初版】
http://donhenley.blog.so-net.ne.jp/2016-06-21


▼広告▼




nice!(18)  コメント(2) 
共通テーマ: