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【津波の霊たち/リチャード・ロイド・パリ―】書評と要約 [本/宗教哲学]


津波の霊たちーー3・11 死と生の物語

津波の霊たちーー3・11 死と生の物語

  • 作者: リチャード ロイド パリー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/01/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


【津波の霊たち 3・11死と生の物語/リチャード・ロイド・パリ―】


そういうことが、本当に起こりえるのか。
東北の震災地では、ほんとうに多くの霊が見られています。

『金田住職はお経を唱えた。
男性が息を詰まらせたような音を発するたび、住職はいったん唱えるのをやめた。
しかし声は徐々に小さくなり、やがて男性はいなくなった。

来る日も来る日も、何週にもわたって霊が現れ続けた。
男性もいれば女性もいた。若者も高齢者も。

彼らは怒りや復讐心に燃えているわけではなく、
暗く寒い世界に突如として閉じ込められたことに戸惑い、パニックに陥っていた』


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リチャード・ロイド・パリ―の最新ノンフィクション。
著者は1969年イギリス生まれ。オックスフォード大卒業後1995年に来日。
インディペンデント紙の特派員を7年務め、現在はタイムズ紙アジア編集局長兼東京支局長。
在日期間は22年に及ぶ。

ロイド・パリ―は6年かけて本作を執筆した。
英国では17年8月、米国では17年10月出版。
英国ではエコノミスト誌のブックス・オブ・ザ・イヤーに選出。
米国では2017年のノンフィクション部門と歴史部門のベスト・ブックスにランクイン。
フランス語版は18年3月出版。

本作は東日本大震災についてのルポルタージュ。テーマはおもに2つ。
まず大川小学校の事故。地震のあと、児童たちは運動場に50分も待機させられ、
避難を始めた1分後に津波に襲われた。


大川小学校避難ルート.JPG


結果、児童78人のうち74人、教職員11人のうち10人が死亡するという、
学校の事故として戦後最大の犠牲者をだす惨事となった。

ほかのすべての学校ではほぼ全員が避難を終えていたのに、
なぜ大川小学校の児童だけが犠牲になったのか?

学校の裏には、低学年でも簡単に登れる小高い山があったにもかかわらず、
川沿いの危険な場所に避難させようとしたのはなぜか?

著者はこの事故について6年にわたって緻密な取材を行い、
死亡した子どもの家族から数々の証言を得た。
本書では地裁判決が出るまでの過程が、細かく描かれる。



この本のもう1つのテーマは、東日本大震災後に頻発した心霊現象について。
著者によると、地震のあとにたくさんの被災者が幽霊を見たと訴えた。
除霊が行われた事例も数多くあったという。

宮城県栗原市にある、通大寺の金田住職への取材をもとに、
著者はこの「津波の霊たち」の謎に迫っていく。


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<所感>
今回はとくに、読書メモのようなものはありません。
そういう種類の書物ではないので。

心霊や除霊の部分は、すんなりと受け入れることができます。
そういうことってあると思う。読んだ人はそういう感情になる。
ぼくたち日本人は、家に仏壇があったりお墓参りしたり、死者と常に向き合っている。
会いたい。そう思うと何かの現象を、都合よく解釈する場合もある。

ほんとうに悔しいのは、大川小学校の件です。
あの場で何があったのか、取材をもとに克明に描かれています。

大川小学校から松原海岸まで、直線距離で3.5キロ。
「ここが海沿いだと気づいたのは、家がなくなったあとのこと」
「わたしたちはいつも、川沿いの内陸部に住んでいるんだと考えていました」
「でも家がなくなると突然、目の前に海があったんです」

「教育計画」というマニュアルには、以下のように書かれています。
・第一次避難所:校庭等
・第二次避難所:近隣の空き地・公園等
津波の発生の有無を確認し、第二次避難所に移動する。

この言葉の曖昧さが、事態を惨事にした。
近くに公園はなく、空き地の候補地はあまりにも多すぎた。
いったいどこの空き地に行けばいいのか?

学校には裏山があった。理科の実習でみんな何度も登っている。
わずか5分で、海抜数十メートルまでいける。

現場では何が起こっていたのか?
「教頭、山へ登りましょう」
「いやダメだよ、まだ揺れてる」

地区の老人たちに、裏山はくずれるか確認したり、
先生や地区の人たちが集まって、学校のほうが安全とか、さまざまなことを言い合っていた。
そしてマニュアルの紙面に書かれた文字に頭を悩ませていた。「近隣の空き地・公園等」。

⇒危機管理マニュアル、自分の学校用に書き直してなかったんですね。。。
ふつうは全社版の「リスク管理マニュアル」は使えない。自部署用に落とし込まれてないので。
だから部署単位で書き直しますよね。少なくともうちの会社では、そう指示されています。
そして書き直したものを元に、部署ごとに教育し、教育記録を残し、書類は企画管理に集められる。
それをやってないから、いざというときにリーダーが決断できず、「小田原評定」してしまった。

地裁の判決は、みなさんご存知の通り。
原告の勝訴。原告側が求めた23億円より少なかったけど、損害賠償額は14億2600万円。
日本の裁判所が慣習的に定める賠償額としては、上限に近い額です。
訴訟費用に加え、原告は子どもひとり当り6000万円程度を受けとることになる。

原告被告ともに控訴し、18年1月に結審しました。
遺族側が和解には応じなかったため、判決は18年4月26日の予定です。



学校関係者や県や市も辛いとは思いますが、
遺族側をこれ以上泣かすような判決は、やめてほしい。





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