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【昭和の消えた仕事図鑑】~サンドイッチマンとは何か? [本/Biz経済]


イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑

イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑

  • 作者: 澤宮優
  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2016/03/30
  • メディア: 単行本


【昭和の消えた仕事図鑑/澤宮優/16年4月初版】
今ある仕事も、いつか無くなってしまうかもしれません。
産業も盛者必衰。

ぼくが就職するときに、
日本の家電メーカーがこんなになるなんて、想像もしてなかった。
サンヨー、シャープ。素晴らしい会社でした。

電力会社や東芝。ぜったいに安泰だと思ってました。
証券、生保、損保、銀行もどんどん統廃合。入行した銀行がどこかもわからない。
三菱自動車やタカタの品質問題。流通もダイエーがなくなった。
アパレルもユニクロの台頭で、ワールドが縮小傾向。

歴史は繰り返す。
先のことはわからないけど、本書を読んで将来のヒントが少しでもわかればと、読んでみました。

まず、昭和の消えた仕事の目次を貼っておきます。

クリックで拡大↓
DSC_0341.JPG



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消えた仕事は見開き2ページ毎です。こんな感じ。
DSC_0343.JPG



以下に読書メモを。

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<新聞社伝書鳩係>
電信が発達してなかったころ、
新聞社では伝書鳩に原稿をつけて地方のスクープを本社に送付していた。
たとえば仙台-東京間約300キロを4時間40分で飛んだ。昭和30年代半ばに使われなくなった。

伝書鳩係は新聞社内でも専門職。
社屋の屋上に鳩舎をつくり、毎朝夕に規則ただしく飛ばせて運動させた。
訓練では東海道線、東北線、中央線、上越線、信越線とグループをわけて、
そこから放して鳩に地理を覚えさせた。

伝書鳩係は5~6羽をかごに入れて記者に渡し、通信管、写真館のつけ方を教えた。
5~6羽をひとつの単位にするには、飛んでる最中にほかの鳥に襲われる危険があるため。
2羽に写真館を背負わせ、他の2羽の足に写真説明を入れた通信管をつける。
残りの1羽には何もつけず、他の鳩を先導する役目をさせた。
鳩の寿命は10年だが、伝書鳩の寿命は5~6年と短命だった。




<ロバのパン>
昭和の初めから30年代にかけて、ロバや馬に荷車を引かせて町々にパンを売りに来た業者。
40年代になると、ミゼットなどの三輪車や自動車でパンを売って回った。
昭和6年に札幌で「ロバパン石上商店」の店主石上寿夫が荷車を引かせて営業したのが始まり。

昭和28年にビタミンパン連鎖店本部社長の桑原貞吉が浜松市、京都市で木曽馬に荷車を引かせて、
パンを売るようになった。昭和30年には「パン売りのロバさん」というテーマソングが流れるようになる。
全国150店の連鎖店(チェーン店)の馬車が、この曲を流しながら移動してパンを売った。

40年代以降、スーパーやコンビニに押され売れ行きは下降線になった。
平成25年には連鎖店は四日市市、高知市、阿波市、岐阜市の4店に減った。
京都にあるビタミンパン連鎖店本部では、今も蒸しパンやみたらし団子を製造販売し、
「パン売りのロバさん」を流しながら車で売っている。




<サンドイッチマン>
体の前後にポスターや商品の宣伝広告を掛けて、街や店の前でおどけて宣伝する人。
食べ物のサンドイッチのように広告で体の前後を挟むのでそう呼ばれた。
日本で全国的に普及したのは第二次大戦後。
銀座でチャップリンをまねたサンドイッチマンが現れ一世を風靡すると、全国に広がった。

サンドイッチマンとして活動するには、所轄の警察署に道路使用許可証を申請するだけでよかった。
プラカードの持ち方、歩き方、呼び込み方法などを実地訓練して一人前となる。

やがてケロヨンやペコちゃんなどのマスコットの登場などによって、サンドイッチマンは廃業した。

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<カフェー>
欧米流のコーヒー店であったカフェは、
関東大震災後に一部の店が女給のサービスを強め、カフェーと呼ばれた。
昭和10年代になると女給はホステス化した。本来の純喫茶とわけて、新興喫茶とも呼ぶ。

喫茶店(カフェ)が大正から昭和初期にかけてカフェーと呼ばれ風俗化したときがあった。
明治末に開業した「カフェーライオン」は、エプロン姿の女給のサービスが人気となり、
繁盛するようになった。和服に白いエプロン姿が特徴だった。

関東大震災の翌年銀座に開業した「カフェータイガー」は女給の化粧や着物が派手で、
客にはべって飲酒させるサービスを行った。ここからカフェーは風俗化した。

昭和3年には女給による性的なサービスを行う大阪系の大型カフェー、ユニオン、赤玉、
などが東京に進出すると評判を呼び、全国的に広がった。

昭和4年には銀座表通りだけでも50軒のカフェーがあり、うち酒を飲ます店は37軒だった。
家計のために働く女給にとって収入の多さは魅力だった。学歴不問で採用され、
多くが18~19歳であった。この時期には「カフェーごろ」と呼ばれる客も多く、
「キス50銭、サワリ1円」というサービス目当てにたむろする男をそう言った。
昭和13年には、新興喫茶と純喫茶の割合が9対1になった。

昭和初期にはカフェーはしばしば作品の舞台として登場し、
谷崎潤一郎、永井荷風らもカフェーを通して、当時の世相、風俗を描いた。




<ミルクホール>
ミルクホールができたのは、明治32年にビヤホールができて、ダンスホールなど、
「ホール」という名のつく店が増えたころである。

もともとは牛乳販売店が、早稲田大学の学生を相手に牛乳を飲ませ、
ジャム付きパン、バター付きパンなどを食べさせる店を始めたのが最初だった。
この時期銀座にはカフェ(純喫茶)が現れ、コーヒー、ケーキを販売をするようになったがまだ高価だった。
ミルクホールは喫茶店より安価で、店構えはガラス戸に白いのれん、テーブルも椅子も粗末で、
庶民的だった。当時の学生はカフェで議論することも多かったが、懐が寂しくなるとミルクホールに行った。

昭和10年代をすぎると喫茶店が増えたため、ミルクホールは廃れた。




<カフェ>
戦前から戦後にかけて、喫茶店でコーヒーを飲みながら、談笑することは高尚な文化だった。
喫茶店は、学生たちが知識や議論をする文化的サロンでもあった。

高級な喫茶店になると、トランプ、ビリヤード、碁、将棋、新聞書籍などが置かれた。
銀座の「資生堂パーラー」は吹き抜けの内部にオーケストラボックスを備え、
生の演奏を聴かせてくれた。

喫茶店は青春の象徴そのものであった。
ガロの「学生街の喫茶店」、あべ静江の「コーヒーショップで」といった曲の中で、
喫茶店は学生運動後の学生たちが、生き方を語り合う場として登場している。

昭和50年代から「ドトールコーヒー」などセルフサービスの店が増え、
本来の意味での喫茶店が姿を消した。




<風が吹けばなぜ桶屋が儲かるか>
風が吹くと道に埃が立つ。埃が立つと盲人になる人が増える。
盲人が増えると三味線がよく売れる(盲人は三味線を弾いて生計を立てていた)。
三味線が売れると猫の数が減る(三味線は猫の皮で作られた)。
猫が減るとネズミが増える。ネズミが増えると食物を貯蔵する桶がカジられ中身を食べられる。
新しい桶を買ったり修理するので、桶屋が儲かる。

現在はポリエチレン製やステンレス製のバケツ、洗面器、ボウルに取って代わられた。
木製の桶を作る人は減った。桶屋は13歳から15歳で弟子入りして、ノコギリの切り方や、
30種類もあるカンナで削る方法を覚える。特に難しいのが板の組み合わせ。桶作りに釘は使わない。
釘があればすき間があっても水は漏れないが、組み合わせで作る場合そうはいかない。
板をすき間のないように緻密に組み合わせ、一滴も漏れないように作るには技術が必要。




リンダ・ロンシュタットで「風にさらわれた恋」♪
70年代の女性ボーカルトップはリンダでしょう。今のテイラーか、10年前のノラ以上だと思う。
リンダから、カーラ・ボノフ、JDサウザー、イーグルスは生まれたようなものだから。
それはちょっと言い過ぎか^^

Zevonのバージョンにしようか迷いましたが、やっぱリンダかなと。
69年のZevonの1stは、高校の時中古LP買ってよく聞きました。ikoikoが良かった。懐かしいなぁ・・




Hasten Down the Wind

Hasten Down the Wind

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Rhino Flashback
  • 発売日: 2014/04/15
  • メディア: CD




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明日は瓶回収の日。早起きしなくちゃ^^;
またね♪




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コメント 8

獏

donさん こんばんは^^)
先日ネットで あと10年したらなくなる職業ってのがありました
さっそく息子たちに見せましたが実感はないようです。。。
父親の心配どこへやらですね(哀)
ロバのパンはかすかに記憶があります♬

by 獏 (2016-06-01 02:57) 

みかん

donさんおはようございます^^

おおー伝書鳩、すごい!! 
体力を酷使するから短命だったのかなぁ。
鳩のなかのエリートですね。 

失われてしまった職業のことを思いながら過ごす、
春樹の世界の中に出てきそうですね。
瓶は無事に回収に出せたでしょうか☆ 
日本はゴミ出しがけっこう大変ですよね(;・∀・)
by みかん (2016-06-01 23:17) 

don

獏さんこんにちは~
うちも似たようなもんです。
そういえば若いころの自分も、同じようなものだったかも。
人は自分自身の経験からしか、学べないのでしょう。
[__犬]
by don (2016-06-02 12:28) 

don

みかんさんこんにちは~
ビン、重かったです。
2ヶ月分たまってたので、ワインが10本ほど、一升瓶が1本、
その他もろもろです。

缶はスーパーとかでも捨てられるのですが、
ビンは捨てるとこが無くて。
もう全部ペットボトルにしてくれたらラクなんですが。

今日は忙しくないので、昼から寝ないようにしないと^^
さて、コーヒーでも入れますか
[__喫茶店]
by don (2016-06-02 12:31) 

heroherosr

私のもう1つの商売の呉服屋関係ですが、染め屋さん、紋屋さんなどの職人さんが恐ろしい勢いで減っています。
いずれ消えた仕事になるんでしょうね。
by heroherosr (2016-06-02 17:23) 

don

heroherosrさんこんにちは~
和服はみんな着ないですよね。
ユニクロがカジュアルで安価な和服を売ったら、
和服ブームになるかな。[__犬]
by don (2016-06-04 13:29) 

サンフランシスコ人

リンダ・ロンシュタット....懐かしいですねぇ....
by サンフランシスコ人 (2017-10-30 02:44) 

don

サンフランシスコ人 さん、こんにちは~
リンダ、いいですよね♪
[__犬]
by don (2017-10-30 12:28) 

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